東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)119号 判決
原告の請求原因及び主張の一ないし三は当事者間に争いがない。
そこで本件審決にこれを取消すべき事由があるかどうかについて考える。
第一引用例(成立について争いのない甲第三号証――本件発明の特許出願前出願公告された特許公報)には、電気用絶縁コイルをエポキシ樹脂で固定させることが記載されているから、本件発明でいう特定の絶縁電線(例えばポリエステル、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミダゾロロン、ポリイミド及びこれら組成物を変成した変成物のいずれかのみ、又はこの絶縁物を二重構造以上に被膜してなる絶縁電線)であつても、それにより形成した線輪の電線相互間をエポキシ樹脂で固定することは、当業者ならば、当然想到することができると認められることは、本件審決のいうとおりである。しかして、第二引用例(成立について争いのない甲第四号証――本件発明の特許出願前出願公告された特許公報)には、フイラメントの巻付け又は電気あるいはその他の装置の封入に用いるため、急速に硬化せず、ある程度の加工時間をもたせて硬化するエポキシ樹脂を得る目的で、硬化剤としてイミダゾール化合物を用いること、及びその際用いられるエポキシ樹脂は分子量三四〇から四、〇〇〇までのものが非常に望ましいものであることが記載されており(第一頁左欄第一八行ないし右欄第六行、第二頁左欄第二二行ないし第二四行、第三頁左欄第八行ないし第一一行)、更に実施例として分子量三八〇の液体状のエポキシ樹脂と分子量四八三及び同七一〇の固体状のエポキシ樹脂を用いた旨が記載されている(第三頁右欄第四行ないし第一二行、第四頁左欄第一八行ないし第二〇行)ことが認められる。
一般にエポキシ樹脂は、変性が容易であつて、樹脂と硬化剤の種類及び配合を適宜選択することによつて、その耐熱性、可撓性などをその使用目的に合せて変性できることは化学常識であり(このことは本件審決の指摘するところであつて――第二丁裏第二行ないし第六行――原告もその指摘部分を特に争つておらず、且つ、成立について争いのない甲第一二号証には、その要求特性に応じてエポキシ樹脂は液状から固状までその使い分けが行われている旨の記載があることからもいえることである。)、右の点からすれば、耐荷重、耐焼損性をともに高める目的で、従来電磁線輪の固着に用いられていたと本件明細書(成立について争いのない甲第一号証第三頁第二行ないし第五行)のいう液状エポキシ樹脂に代えて分子量の多い固状のエポキシ樹脂をもつてする程度のことは当業者であれば容易に想到できることであると認められ(原告は、電磁線輪を固着するためには、高温での接着強度が低下し難く、また熱変形温度が高い低分子量のエポキシ樹脂を原料に使用するのが、きわめて自然であり、常識的であると主張するが、被覆絶縁電線相互間をエポキシ樹脂及び同硬化剤を用いて固着するのは、単に絶縁電線を動かないようにするという意味の固着の目的のためだけではない――現に本件発明の発明者自身も絶縁電線に耐荷重・耐焼損性を与えようとして、これにエポキシ樹脂・同硬化剤を与えている――から、低い分子量のエポキシ樹脂の方が高いそれよりも熱変形温度が高いからといつて、前者を原料に使用するのが自然であり、常識的であるということはできない。)、第二引用例のうち、前に摘示した個所もこのことを示すものであるということができる。そして、本件発明において、従来用いられていた液状のエポキシ樹脂に代えるに、特に平均分子量八〇〇以上の固状のものをもつてすることが想到困難であるとする理由も、見出すことはできない。
原告は、特に分子量八〇〇以上のエポキシ樹脂と硬化剤としてイミダゾール系のものを選択した本件発明は顕著な作用効果があるのに、審決はこれをみすごしていると主張する。しかしながら、本件発明が、前記のように第一、第二引用例から当業者が容易に発明できたものと見えるにもかかわらず、これを覆すほどの、作用効果の顕著性をもつとは到底認めることができない。すなわち、硬化エポキシ樹脂は、原料エポキシ樹脂が同じであつても、使用する硬化剤の種類、硬化時間、硬化温度などの硬化条件によつてその性質に差異が生ずることは、技術常識と認められるし、また第二引用例(第三頁右欄の表1及び第四頁左欄の表Ⅱ)にも示されているところであるが、本件明細書第一六頁の第一表及び第一七頁の第二表によれば、本件発明の実施例におけるエポキシ樹脂に用いた硬化剤(もとより本件発明における硬化剤は、所掲のものに限定されない。)と、比較例において用いた硬化剤とはその種類が異なり、また両者の硬化時間も異なつていることが認められるから、第一表及び第二表は比較データーとしては不十分といわざるをえないのみならず、本件明細書では、原料エポキシ樹脂として分子量三五〇から四〇〇のもの(比較例)と同じく一、四〇〇のもの(本件実施例)の二つの比較が示されているにすぎず、原告がその臨界点であると主張する平均分子量八〇〇(原告は、エポキシ樹脂が固体状となるところの、臨界的な平均分子量八〇〇以上を選定したところに本件発明の作用効果の顕著性が由来するという趣旨の主張をするが、エポキシ樹脂が分子量八〇〇未満で固体状となるものがあることは、第二引用例の示すところである。)前後のものを比較して、特に分子量八〇〇以上のものに顕著な作用効果があることを示したものがないから、平均分子量八〇〇以上(上限はない)のエポキシ樹脂というきわめて広い範囲を含む本件発明の作用効果が特に顕著であると認めることはできないものである。
以上のとおり、本件発明は第一引用例及び第二引用例記載の技術内容から当業者が容易に発明することができたとして特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができないとした審決には違法の点がないから、その取消を求める原告の請求を棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 絶縁電線を直角に交差させ、その交点部分に二〇〇gの荷重をかけた状態で絶縁電線間に交流電圧一〇〇Vを加え、温度を二~三度C/minの割合で昇温した時、線間短絡する温度が三〇〇度C以上の絶縁電線例えばポリエステル、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミダゾロロン、ポリイミド及びこれら組成物を変成した変成物のいずれかのみ、または前記絶縁物を二重構造以上に被膜してなる絶縁電線により線輪を形成し該線輪の電線相互間を、平均分子量八〇〇以上のエポキシ樹脂を主成分とし、該エポキシ樹脂に酸無水物系硬化剤を除くエポキシ樹脂硬化剤を添加してなる混合物により固着することを特徴とする耐荷重・耐焼損性電磁線輪
2 絶縁電線を直角に交差させ、その交点部分に二〇〇gの荷重をかけた状態で絶縁電線間に交流電圧一〇〇Vを加え、温度を二~三度C/minの割合で昇温した時、線間短絡する温度が三〇〇度C以上の絶縁電線例えばポリエステル、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミダゾロロン、ポリイミド及びこれら組成物を変成した変成物のいずれかのみ、または前記絶縁物を二重構造以上に被膜してなる絶縁電線により線輪を形成し、該線輪の電線相互間を、平均分子量八〇〇以上のエポキシ樹脂を主成分とし、該エポキシ樹脂に常温で固体状もしくは固体状にして速硬化性のイミダゾール系硬化剤例えば2―メチルイミダゾール、2―アンデシル等を添加してなる樹脂粉末により固着することを特徴とする耐荷重・耐焼損性電磁線輪